戦争博物館の存続の意義

 

『だから戦争博物館は必要だ』

 

■歴史は、勝者が作った■
戦争は、正義が勝つのではない。強い方が勝つのだ。
勝った者は、己の正義を「絶対の正義」として歴史に書き記し、敗者は滅び去るがゆえに、自分の正義を世に問う機会すら与えられない。
これは、ローマ、カルタゴ、ギリシャなどまでさかのぼらなくても、源平の戦いに敗れた平家、戊辰戦争で滅んだ江戸幕府を見れば分かることだ。歴史教科書では、「江戸時代の庶民は、士農工商の身分制度に縛られ、悲惨な生活を送っていた」ということになっているが、庶民文化が花開いていたことは、今更論じるまでもないことだ。

 

■勝者は、すべて許される■
さて、大東亜戦争も例外ではない。
敗戦国となった日本は、ありもしない南京大虐殺、強制徴用、従軍慰安婦などがあったことにされ、戦勝国アメリカのハーグ陸戦協定違反は、すべて不問にされている。
例えば都市に対する無差別爆撃は何なのだ。当時、都市に住んでいたのは老人子供、そして女性たち、つまり非戦闘員である。焼夷弾という爆弾は、非戦闘員を焼き殺すために特別に開発した新兵器である。
原子爆弾を落としたのも、軍事施設ではなく、非戦闘員が住んでいた都市だ。非戦闘員の虐殺以外の何物でもない。
そのほか、赤十字を付けた病院船に対する魚雷攻撃など、枚挙にいとまがない。

 

■敗戦はしたが、滅びはしなかった■
さて、ここでもう一度振り返ってみよう。日本は敗戦によって滅びたのか。
敗戦はしたが、滅びてはいない。
その証拠に皇室はその後も続き、今上陛下は神武天皇即位以来、126代を数える。
建国記念の日は、神武天皇が橿原に高御座されて以来、二千六百八十年を祝っているのである。
日本国が一度滅びたのであれば、今年は「新生日本建国七十五年」と言わなければならないと思うが、誰もそんなことは言わないし、連合国もそのような要求はしなかった。

 

■戦争博物館は、英霊の名誉と、日本の正義を世界に問う拠点■
なぜ、日本人だけがすでにないGHQに忖度し続けているのか。
当時の若者が勇敢に戦ってくれたからこそ、今の日本があるのではないか。
令和の御代に生きる我々が、彼らの名誉を回復するとともに、当時の日本の正義を世界に問う必要があるのではないか。
その証拠の品を大切に保管管理しているのが戦争博物館である。
例えば、戦争博物館所蔵品の一つに、双発戦闘機「屠龍」(とりゅう)のエンジンと機体がある。これは帝都を空襲したB-29に体当たり撃墜したのち、千葉県八千代市郊外の水田に墜落したものを掘り出したものである。バラバラになっているとはいえ、屠龍の機体は、日本中にこれしかない。
搭乗員二名の偉業を伝えるとともに、学術的価値としても重要なものである。
もし、戦争博物館が崩壊してしまえば、この機体は単なる 金属ごみ として処分されてしまうのである。

靖國神社が英霊と語り合う正式な座敷、応接間とするなら、戦争博物館は軍刀を外してくつろげる酒保、自衛隊でいえばPXに相当するのである。

戦争博物館はなんとしても、守り抜かなくてはならない、日本にとって重要な博物館なのである。

 

 

令和二年 四月 一日
戦争博物館 / 一般社団法人戦争博物館 / 大東亜戦争記録保存会
文責 戦争博物館 館長 本里 福治

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