戦争博物館創設者栗林白岳名誉館長

 

戦争博物館創設者栗林白岳名誉館長

戦争博物館の創設者である故栗林白岳名誉館長は、昭和三年、長野県生まれ、満蒙開拓青少年義勇軍として大東亜戦争を満州で終戦、長く苦しいシベリア抑留生活を経てようやく日本に復員されました。

荒れ果てた国土、疲幣しきった人々。館長だけでなく、誰もが戦後の苦しく貧しい時代を必死に生き抜いてこられました。

そのような激動の中にも館長が忘れることが出来なかった軍隊時代。

生前「俺は強くて優しい日本の兵隊が大好きだった。あの時代を散華していった仲間を、祖国を想う自分の気持ちを、忘れることはできないんだ」と話しておられました。

そんな栗林館長が、長年苦労して集めた旧陸海軍の兵器や軍装品は、一万五千点を超える。館長は、それらの品物を通して「戦争を知らない若い世代にも、その悲惨さを知ってもらいたい」とここ那須の地に日本唯一と評される戦争博物館を設立されました。

また、栗林館長の一貫した慰霊・鎮魂の活動は、博物館にとどまらず、年2回行っていた帝国陸海軍軍楽隊大演奏会・軍装会の開催や、毎年八月十五日の終戦記念日の靖国神社軍装参拝など多岐にわたりました。

目まぐるしく移りゆく時代の、その最前線で孤軍奮闘する栗林館長でしたが、寄る年渡には逆らえず、平成三十一年三月二十日、九十一歳で戦友の待つ浄土へと旅立たれました。

思えば感謝の毎日でした、一千人で声を張り上げた軍歌祭、朝の開門から夕暮れまで語り続けた終戦記念日、皆様のためにと始めたはずが、いつの間にやら、皆様に支えられての最後となりました。

故人に成り代わりまして、心より御礼を申し上げます。

令和二年四月八日

戦争博物館 / 一般社団法人戦争博物館 / 大東亜戦争記録保存会
文責 一般社団法人戦争博物館 相談役 黒沼 弘

 

栗林白岳名誉館長のあらまし

昭和3年1月18日 長野県南安曇郡梓村5577番地(現在の長野県松本市梓川梓5577)
恭倹寺(きょうけんじ)二男として生まれる
昭和17年3月 尋常高等科を卒業と同時に満蒙開拓青少年義勇軍として志願、渡満す
昭和18年6月 関東軍入隊
獣医生として奉天国立獣疫研究所獣医学校入学 獣医生として関東軍に所属
昭和20年8月15日 満州国の北部で終戦を迎える
吉林省五常にて武装解除
昭和20年11月 シベリヤに抑留される
昭和21年2月 年少者の為にハバロスクより黒河に放免される
昭和21年11月 中共地区ハルピンより引揚
引揚後の昭和22年~昭和55年詳細不明
昭和55年 千葉県から那須町に移住 那須町の南が丘牧場に勤務する
那須町の自宅2階に小さな資料館を開設
昭和58年 那須街道沿いに戦史資料館を開館
当時展示品250点
(那須町高久乙2730)
平成2年 戦争資料館から戦争博物館と改名して開館現在地に移転(那須町高久乙2725)
平成6年1月22日 「第5回 陸海軍軍楽隊合同演奏会」
東京千代田公会堂 大東亜戦争記録保存会主催に栗林白岳館長が初の軍装出演
平成9年 大東亜戦争記録保存会の事務局を戦争博物館館長栗林白岳が引き継ぐ
平成9年9月23日 「第9回・元陸海軍軍楽隊大演奏会」
九段会館より主催が大東亜戦争記録保存会・戦争博物館となる
平成10年 栗林白岳館長に米国カルホルニヤの大学より軍事学名誉博士学位を授与される
平成11年3月 戦争博物館設立10周年祝賀会を那須町の南が丘牧場にて行う
平成20年9月 新潟県に「戦史資料館」を後見して法人として設立
平成26年10月18日 「第42回・帝国陸海軍軍楽隊大演奏会」
日本青年館が最後の栗林白岳館長が主催する軍歌祭
平成31年3月20日 栗林白岳館長が亡くなる91歳

資料調べ 令和2年4月8日 大東亜戦争記録保存会 理事長

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